抗がん剤治療

朝5時15分起き、6時20分に家を出て病院を千葉から目指すのは都心西新宿。
遠路はるばるの通院に用意する物
①森永Hi-SOFT
②特濃ミルク8,2(飴)
③Lotte ALMOND CHOCOLATE
④Look A LA MODE(チョコレート)
⑤ジャガリコ
⑥おせんべい
等など
   ↑
これ殆ど運転する主人仕様ですヾ^^;)あと熱いお茶ね

病院に着いて私を降ろし私の実家で私が終わるのを待つ(都心の病院の駐車場は料金が半端じゃない)
7時半病院到着後ダッシュで再来機へ(まず診察の順番プライオリティーが決まる)
すぐに4回の中央検査室の受付にエスカレーターを駆け上がり診察券と受付券を一緒にして箱に入れる(ここで採血の順番のプライオリティーが決まる)

採血は8時から出したもの順に呼ばれる。
今回は私は28番だった

9時~9時半が診察予約時間、呼ばれたのが10時近かったかな?
Dr.Tu 退院してから1ヶ月になろうとしている。実情は無理やり退院?神の手Dr.Iを筆頭に素晴らしい医療チームで難しいAXIOS(胆嚢ドレナージ)処置が成功して膵頭部が胆管に巻きついて狭窄を起こしているところに胆嚢には大きな石がごろごろ、汚泥がドロドロのどうしようもない代物をも兼ね備えていたやっかいな症例にもかかわらず順調に経過が推移していた のにもかかわらず…
抗がん剤治療をするとその処置しているところに(特殊ステント装着)炎症が起きてしまい、熱が出てダウン→抗生剤で抑える→抑えきれず胆嚢に溜まった膿を出す、胆嚢から十二指腸乳頭までのステントを入れる→熱がおさまる
抗がん剤治療をする→胆嚢が炎症を起こす

この負の連鎖が続いて、出した結論
Dr.「このまま入院を続けていると一生病院から離れられませんよ。病院にいたら飽くなき病気探しになってしまいます。思い切って退院なさってご家族の下で過ごされた方が病気にとっても良いことだと思いますよ。」
「少しでも何かあったらいつでも来てください、すぐに対応させていただきますので」

先生 あたたかい言葉ありがとうございます(TT)

前説が長かったが…お守り代わりに頂いた抗生物質を3日間飲んだだけでこの一ヶ月無事に過ごすことが出来た。
家族と過ごす時間、友達と過ごす時間、息子たち、孫 皆に力を貰ってぐんぐん元気になった。
バンコク時代には太極拳で泰日太極拳練功会(道場)で練功を重ねさせていただいていたのだが、真千代老師をはじめ、友人達の励ましのメール、日本に帰国している友は病院まで訪ねてきてくださったり(TT);;;

肝臓の数値も落ち着いているし、炎症反応も無く、問題なく抗がん剤治療が出来た。
腫瘍マーカーもかなり下がってきている(12月17日5900→4月19日300)後一息だね。
膵臓癌と転移した肝臓癌の腫瘍の大きさの評価を次回の外来ですることになった

消化器内科の診察を待っていると私の目の前を膠原病内科のDr,Taが通りかかった。
挨拶をすると「君は誰だったかなぁ~ あぁ~君かぁ 何故ここにいるの?」
そうなんです。抗がん剤治療はいつも火曜日と決まっていたのですが急にDr.Iが転勤となり金曜日に変更になってしまったんですね。わざわざ膠原病内科の診察を火曜日にあわせて下さったのに。なので 何故ここにいるの?になるんですね。
Dr.Ta「じゃぁ~今診ちゃおうか?いいよぉ~消化器内科の診察が終わったら膠原病内科においでぇ~」
な な なんて有り難い展開 天下の大学病院でこの様な優しい言葉をかけて下さるなんて。

消化器内科の診察→膠原病内科の診察→抗がん剤治療を終えて実家の父の所へ、しばし父の元気な姿を確認して母の居るホスピスへ

画像


それはそれは綺麗な芍薬が咲いていましたよ
そして…母の変わらず笑顔がそこにはありました

我が家到着は6時30分
病人は元気でなければ病人は出来ないと思う今日この頃です

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