2009年を振り返って☆

2009年1月30日からバンコクと日本の二つの生活拠点を持ち、そして今バンコクでの初めての大晦日とお正月を迎えることになりました。主人の第二の人生をもと赴任したことのある彼にとってはとても相性の良いタイで過ごしたいと言う家長の宣言により家族一同それぞれに自分達の出来る道を摸索することになった。
当然私は強がりだけれど一人では到底質の高い生活など送れるはずがないとふんでいる主人のサポートをすべくタイへ飛び立ち、一人家に残った息子は強制自立の道を歩む事になりました。(彼一人残しての訪タイは決して実現しなかったでしょうが、もう一人頼りになる兄夫婦+ルイ君が日本に在住しているので弟を宜しくと精神的サポートを依頼)

私はSLEというやっかいな病気持ちなので3ヶ月に一度はチェックに日本に帰ってくるという主治医との約束を守りつつタイと日本を行ったり来たりの生活を送る事になりました。
勿論格安航空券での移動なので直行便などにありつけるはずも無く、深夜の空港トランジットなどと言うとてつもなく疲れる移動を経験、何回もこんな事をしていると逆に当たり前のように当たり前の時間にタイへ行く事の方が不自然に思われてくるから不思議ですね。

最初からタイが好きになった その経緯
イミグレーションを通るときに提出する書類にこれから宿泊する場所を記載する欄があるのだが、主人に貰ったコンドミニアムの住所をスーツケースに入れてしまい、判らずじまい。
困った私は タイ語で バーン コン サーミィ (主人の家)と窮鼠猫をかむ状態の記載
これがタイのイミグレーションの係員のお兄様たちにうけた うけた☆
OK☆の合図と思いっきりのはら抱え状態の笑いに送られて空港の難所をすり抜けた。

タイでは以前から学んでみたかった(健康おたくです)ワットポーのマッサージスクールで悪戦苦闘の末習得、試験に合格するまではと頑張って主人を実験台にヌアット三昧の時間を過ごしたおかげで恙無く試験もパス、技術と共に腱鞘炎を患ってしまった。

次の挑戦はフィットネス(健康おたくです)タイ語での契約は至難の業、ありとあらゆる身振り手振りを駆使して契約にこぎつけてくれた主人に感謝です。私の会員カードは永久会員カード、一年間にタオル代100バーツを支払うだけで死ぬまで使えます。夢のようなカードのおかげで現在も夢のような時間を過ごしています。

タイでの友人ジニーとの素晴らしい出会い
こんなにタイの生活をエンジョイできるのもジニーのおかげです。
この頃ではジニーはお母さんで私は子供の役だねって二人で笑っています。
彼女は英語ができるのでタイ語が判らなかったときは英語で解説してくれるのでわからないままでいい加減にやり過ごす会話がなくなり自分の意志を相手に伝える事の出来る会話ができるようになって来ました。

振り返ると日本に居る父 母 兄 姉 息子達 お嫁さん 孫のルイ君 友人達…
会いたくてたまらなくなりますが私は一年に何回かは帰れる身、主人はさぞかし日本が懐かしい事かと思います。
元をただせば年金制度崩壊、年功序列崩壊、経済崩壊などなどが原因でここタイに居るといっても過言ではありません。第二の人生を安心して楽しく送れるこれからの日本に期待するばかりです。

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この記事へのコメント

yae
2009年12月31日 11:32
案ずるより産むが易し、体さえ大丈夫なら実績がついて来るのね。柔軟な考えを持ち調子が良くなければ戻ればOK。来年もその調子で楽しみつつ過ごしましょう。
meg
2009年12月31日 17:37
色々な人の支えがあって素晴らしい今の暮らしがあると思いますが、きっとお二人の楽しむ姿や頑張っている姿がまたその人たちの支えとなり、励みとなっていると思います。とにかく体だけには気をつけて楽しんでください。こちらも初めての横浜での年越しです。穏やかな気持ちで年越しが出来ることに感謝するこのごろです。
NON
2010年01月02日 20:31
yaeちゃん megちゃん いつも応援してくれて有難う。柔軟な心を持ち今自分ができることを摸索しながらこれからも先を見る事の出来る自分で在りたいと思っています。

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