頑張れ母☆ 頑張れ父☆ 頑張れ自分☆ Part3

東京医科大学病院のお陰で母の病気が原発不明癌から徐々に卵巣癌 or not?お腹の腫瘤の生検から粘液性腺癌が見つかり、その流れから国立癌研究センター中央病院にお世話になることとなった。
東京医科大学病院でありとあらゆる検査をしていただいたので病気判断の手札は国立癌研究センター中央病院ではほとんど揃った状態。念のための癌センター独自の検査も幾つかこなしたどり着いた病名が卵巣癌。そしてそれに準じた手術を4月3日に行うこととなった。

ここまでたどり着くのに大雪が外来日前日に降り、母と真っ白な都会の雪景色の中病院へ電車を使っての通いになったこと2回
79歳になる母は国立病院のDR曰く「お見かけはお若く見えますがお年ですので…」そうなんです。体の不具合を生じて癌センターへ決死の覚悟で向かうが、そこは雪道、電車のラッシュアワーっとなんとも悲惨な状況。
私の昔とったきねづかでバスケットボールのディフェンスとオフェンスを入り混ぜての母へのガード しきり…
すごい外来を経験したね。

4月3日 手術日当日
この日はよりによって冬と春が本格的な喧嘩をはじめた日に当たってしまい、丁度関西から太平洋側に進路を北上して、中央区築地の癌センターにたどり着く大嵐の到達時刻は手術時間と合致。
8F の手術専用階には私達を含めて10組の患者の家族が家族待合室で待機。各組病院から携帯電話を預かり、患者の手術が終わるとDRからコールが入り、術後説明の為すぐに説明部屋へ、説明を受けた後、一旦はもといた家族待合室に戻り今度は手術を終えて麻酔から患者が覚めると又コールが来て、患者と面会して解散と言う手順だ。一組、一組と渡された携帯にコールが入る。そして家族が一組一組待合室から消えていく。

母の推定手術時間は事前に3時間ほど(何も問題がなかった場合)と聞かされていたので、それを過ぎたあたりから兄、姉、私皆やきもき。

母の手術の内容は
   開腹して最初に卵巣を摘出→卵巣を病理へ(良性か悪性かを手術中に連絡)→大網切除→
 ① そして卵巣が悪性(卵巣癌)だった場合にはもう片一方の卵巣(母の卵巣は右がこぶし大ほどに腫れ上がっていた)も摘出→子宮全摘
 ② 卵巣が良性だった場合は又原発不明癌に逆戻りで卵巣+大網をとった後お腹の中をすべて目視→閉腹

結局 私達兄弟を残して他のすべての家族の患者の手術は終了。4時間半にしてやっと姉の手元の携帯がコールされた。でもすぐに術後説明があるはずなのに、DR曰く30分待ってください。待つこと1時間にしてようやく説明部屋へ通された。

説明

 ほぼ腹膜癌でしょう…
 卵巣(右・左)、大網、直腸と子宮の辺りの播種の溜まっていた部分の切除
 お腹にある2cm以上の播種に関してはすべてこそげ取る。それ以外の小さな米粒くらいのものはとれきれないので抗がん剤をする。
子宮とリンパ節は取らなかった。最初に腹膜癌を疑わなかったのは大網の生検した細胞が腹膜癌に現れるタイプの細胞とは違っていたからだそうだ。この癌が出来たのはそう新しくは無く、6ヶ月前くらいからのものでしょう。
えっ!!!私からしてみれば6ヶ月でステージ3-Cにきてしまうの?癌ってすごい増殖力
癌抑制細胞と癌細胞の日夜繰り広げられる攻防の均衡が破れたのが6ヶ月前。
その時母に何が起こったの???そう言えば…母の姉が去年の11月7日にこの世を去り、失意の中にいたのを記憶している。

だから時間がかかったんですね…

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